太古の虚空に、一条の光が走った。それは龍であった――天の龍、名を「星縫い」と申す偉大な存在が、その長大な体躯を夜空にたなびかせ、無数の星々を縫い合わせてゆく。その鱗のひとつひとつには宇宙の記憶が刻まれており、龍が翻るたびに、新たな星座の模様が虚空の帷に描かれた。星縫いは幾千万年もの時をかけて、東から西へ、北から南へ、星の道を丁寧に紡いできたのである。
星の道とは、魂が旅する通り道でもあった。死者の魂はその細い光の筋を辿り、天上の安息へと昇ってゆく。それゆえ天の龍の仕事は、単なる装飾ではなく、生と死の橋渡しをする神聖な責務であった。しかし近年、その道のいくつかが乱れ始めていた。深淵の彼方から吹いてくる「虚の風」が、龍の紡いだ糸を少しずつほどいてゆくのだ。星縫いは幾千年ぶりに不安を覚え、地上へと目を向けた。すると、ひとりの娘が夜な夜な岬の先端に立ち、星空を読んでいるのを見つけた。
その娘の名は「澪」といった。貧しい漁村の織り手の娘で、生まれながらに星の言葉を解する不思議な才を持っていた。澪が夜空を見上げるとき、彼女の瞳には星座が生きた文字として映り、その配置が伝える物語を読み解くことができた。ある夜、澪は星の乱れを察知した。まるで大切な織物の縦糸が一本切れたような感覚――彼女は急いで筆を手に取り、その乱れを紙に書き留めた。天の龍はその光景を見下ろし、初めて人間というものに興味を覚えた。龍は薄雲をまとい、白髪の老人の姿をとって澪の前に降り立った。
「娘よ、お前は星の声を聞くことができるか」と老人は問うた。澪は驚きながらも、正直に答えた。「声というより、模様が見えます。でも今夜は、その模様が崩れているように見えて……」老人の目が光を帯びた。白髪が金色に変わり、皮膚には鱗の輝きが透けて見えた。「正しく見えておる。虚の風が星の道を侵食し始めている。だが今のわしには、一箇所に留まって修復することができぬ。星道は広大すぎる」澪は地図と筆を胸に抱き、龍の金色の瞳を真っすぐに見返した。「私が、地上から案内します。星の乱れた場所を読み取って、あなたに伝えます」。かくして、天の龍と人間の少女の、奇跡の協働が始まったのであった。星塵の狐もその噂を聞きつけ、虚空の浪人もこの星道の危機に無関心でいられなくなっていった。
――天の龍と澪の物語は、まだ続いている。星道の修復に幾つの季節を要するのか、そして澪が最後に見上げる夜空は、どんな星座を描いているのか。虚空に紡がれる物語は、決して終わることがない。